17年来の親友とぱふぱふ屋に行ってきた話 〜後編〜

 

「こんにちは〜」

 

そう言ってカーテンを開けて入ってきたのは20代前半の女性。

茶髪でロングヘアー、顔立ちは普通より少しかわいいくらいのレディー。

「あ、どうも。」と少し緊張しながらの挨拶。

 

軽く自己紹介をしてからお互いの出身地や何してきたかについて話した。

そして初めてぱふぱふ屋にきたせいか、やはり最初はイモって(オドオドして)しまった。

 

そして純朴(で童貞)な青年が初めて異性と夜を共にする時のように、

アバンチュール(危険な恋遊び)を経験したことのないウブな男のように、

自分でも突飛な発言をしてしまった。

 

「ここって、胸揉んで良かったよね…??」

 

今になって客観的に分析するに、この発言をしたのはただ単に

「自己紹介や会話からぱふぱふの段階にはいるためのクッション」として言ったんだと

考える。ちなみにこういうことを言っておくのもなんだけど、私はDT(童貞)ではない。

私はDTではない(大事なことなので2回言った)。もちろん素人DT(童貞)でもない…

 

そうして2つの柔らかい突起物をもみもみし、ぱふぱふをしてもらったが、

感想としては

 

「う〜ん。なんだろう…いいけど、

なんだこの気持ちは?」

 

この気持ちに補足をつけさせてもらうと、自分は「お金を払ってぱふぱふをしてもらう

こと」に対してあまり興奮しなかったのである。なぜなら恋愛とは一種の駆け引きであ

ると同時に男女間の不文律なゲームでもある。そのため、そのゲームで獲得して得た

ふぱふにこそ至上の喜びがあり興奮があるのであり、お金を払ってぱふぱふをしてもら

うのはゲームでチートを使ってクリアするようなものなのである。つまり、「お金を

払ってしてもらうぱふぱふはあまり興奮しない」ということだったのである。

 

しかし餅は餅屋ならぬぱふぱふぱふぱふ屋」

ぱふぱふだけでなくもちろんハグもオッケーだったのでハグもしてもらった。

正直なところ、ぱふぱふよりもハグの方が個人的には(いい意味で)応えたと思う。

なぜなら私は人の温もりに飢えていたし、何より女性の体という一種のサンクチュアリ

(聖域)に触れるという2つの理由で人間の根源的なエネルギーを回復したと思う。

 

そのためか、4人中4人ともぱふぱふよりもただハグしてもらう時間の方が長かったと思

う。保身のため言わせてもらうと、ぱふぱふをしてもらう勇気がなかった訳ではない。

ただ、ぱふぱふやもみもみをする興奮よりも、ハグし続けることでセラピー(癒し)の効

果の方がずっと大きかったのである。

 

ちなみに言うと、4人のうち名前を覚えているのは1人だけである。

なぜなら彼女は宮崎出身と(自分が大分出身のため)ほぼほぼ同郷の出身だったことと、

4人の中で一番気配りが良かったこと、自分が以前好きだった人とそっくりだったこと

などである。また、その日の夜にオーストラリアに行く緊張からか彼女の宮崎弁がいっ

そう優しく聞こえた。彼女の名前は「なお」と言った。

 

彼女とはいろんな話をしたし( 将来のことや宮崎の大学に行く妹のこと、妹と同じ宮崎

の大学に行っていた彼女の話や将来の話 )、彼女とのキスも一番長かったと思う。

時間が経って別れる前にキスをした時、

「もうちょっとキスは優しくでいいよ」と優しく言って彼女はカーテンを開いた。

 

ぱふぱふ屋にいったものの、ぱふぱふ以上にハグキス、(そしてなおとの出会い)の方

が自分には影響が大きかったと思う。ぱふぱふタイムが終わって友人と外に出た時、彼

と強い握手を交わした。

 

「ありがとう…!!」

 

「おう….!!」

 

友との絆はぱふぱふによって一層深まったと思う、ぱふぱふによって。

そして友人と別れたあと、関空(関西国際空港)に行って日本を発ったのである….

 

単純な時間つぶしとしての大阪観光が、自分の人生の線に一つの大きなピリオドを

つけたのは間違いないと思う。

 

日本に戻ったら、もう一度なおに会いたい。

そしてオーストラリアで過ごした日々やいろんな体験を話したい。

2人で素敵なことをしながら…

 

最後に、ぱふぱふ屋に連れて行ってくれた友に…感謝 

 

 

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